
株式会社IDデータセンターマネジメント
テクニカルスペシャリスト 千葉 由紀祐
もう年度末ですね。今年度は、複数のITサービスマネジメントツール導入プロジェクトに取り組み、お客様との共創で充実した時間を過ごすことができました。
ツール導入はデータやデジタル技術を活用し、ビジネスやサービスに新たな価値を作り出すことが目的です。そのため、導入後に顧客価値をどのくらい生み出せるかが重要であり、その効果を適切に測定するための指標が必要です。
指標としては、主にKPI(重要業績評価指標)やSLA(サービスレベルアグリーメント(Service Level Agreement))などが挙げられますが、近年ではユーザー体験(UX、User Experience)の向上が求められており、これを評価する指標の1つとしてXLA(エクスペリエンスレベルアグリーメント(Experience Level Agreement))という概念があります。
本コラムでは、XLAの概念とその評価手法、導入メリットと課題について述べていきたいと思います。
XLA(エクスペリエンスレベルアグリーメント)とは
XLAは、ユーザーがITサービスをどのように体験しているかを評価する指標です。従来のSLAがシステムの稼働率や応答時間などの技術的な可用性を重視していたのに対し、XLAはユーザー満足度や業務の生産性向上に焦点を当てています。例えば、SLAの評価で「稼働率99.9%」が保証されていても、実際のユーザーが頻繁なレスポンス遅延や操作の煩雑さに不満を抱えている場合、そのシステムは実質的に価値を提供できているとは言えません。また、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進やリモートワークの普及により、企業のIT環境はますます多様化し、ユーザーのニーズも高度化しています。このような課題を解決するために、XLAでは以下のような観点で評価を行います。
- ユーザーの作業効率の向上
- アプリケーションの応答速度や操作感
- システムの直感的な利用しやすさ
- サポート対応の満足度
- 業務の生産性に与える影響
XLAは「システムが動いているか」ではなく、「システムがどのように体験されているか」を評価する概念といえます。SLAと比較すると以下の通りです。
項目 | SLA (サービスレベルアグリーメント) |
XLA (エクスペリエンスレベルアグリーメント) |
---|---|---|
目的 | システムの安定稼働を保証 |
ユーザー体験の向上を保証 |
指標 | 稼働率、応答時間、エラー率 |
ユーザー満足度、操作遅延、エンゲージメント率 |
データ収集 | システムログ、インシデント管理 |
ユーザーフィードバック、行動分析、EUEM |
評価方法 | 客観的な技術指標 |
主観的評価+客観的データの組み合わせ |
SLAの「システムの品質保証」に加えてXLAの指標を含めることで、ユーザー体験(UX、User Experience)の向上を実現できます。これにより、IT部門は従来よりもビジネス価値の創出に重要な役割を果たすことができます。

XLA(エクスペリエンスレベルアグリーメント)の評価手法
では、XLAを評価するにあたってどのような手法が必要となるでしょうか。評価の基準としては、主観的(顧客の意見)と客観的(測定可能なデータ)に大別できます。
主観的な評価方法としては、アンケート形式で、CSAT(Customer Satisfaction Score、顧客満足度スコア)やCSI(Customer Satisfaction Index、顧客満足度指数)などが挙げられます。これらは広く用いられており、イメージしやすいと思います。
一方、客観的な評価方法には、収集・測定するための仕組みが必要です。リモート環境やSaaS利用等が進んだことで、特定システムの稼働状況だけでなく、ネットワークやエンドデバイスのパフォーマンスなど、ユーザー体験(UX)に係るデータを収集することが求められます。そのため、EUEM(End User Experience Monitoring、エンドユーザーエクスペリエンスモニタリング)などの活用がポイントになります。
EUEM(エンドユーザーエクスペリエンスモニタリング)とは
EUEMは、エンドユーザーの視点からITサービスのパフォーマンスを監視・分析する技術です。これは従来のインフラ監視とは異なり、ユーザーの操作ログやアプリケーションのパフォーマンスデータを収集し、定量的な評価を可能にします。EUEMの主な測定指標、機能は以下が挙げられます。
●主な測定指標
項目 |
指標名 |
---|---|
パフォーマンス関連 |
アプリ応答時間、ページロード時間、APIレスポンスタイム |
可用性・安定性 |
システム稼働率、エラーレート、クライアントクラッシュ率 |
操作性・エクスペリエンス |
入力遅延時間、フレームレート、ジャーニー完了率 |
ユーザー行動・満足度 |
セッション継続時間、離脱率、フィードバックスコア |
●主な機能
機能 | 概要 |
---|---|
リアルタイム監視 |
エンドユーザーの操作ログやアプリの動作状況をリアルタイムで収集 |
問題の自動検出 |
アプリのクラッシュ、遅延、接続障害を即座に検知 |
ユーザー体験のスコア化 |
UX指標を数値化し、問題の深刻度を評価 |
パフォーマンス最適化 |
データ分析を基に、UXの改善施策を立案 |
測定指標のポイントとして、前述の通り、測定対象は特定システムだけでなく、ユーザー体験(UX)に関するデータを収集することで、ボトルネックを特定できます。
機能のポイントとしては、リアルタイム性と可視化が挙げられます。ユーザー体験(UX)の向上は早期対応が好ましく、従来の主観的(顧客の意見)な評価だけでは収集・測定・分析に時間を要するため、客観的(客観的に測定可能)なリアルタイム性は重要です。また、可視化(ユーザー体験のスコア化)されることによりUX改善施策の立案がしやすくなります。
また、EUEMをさらに強化する手段として、AIOps(AIを活用したIT運用管理)と組み合わせることで、システムの異常検知や予兆分析を行い、プロアクティブな障害対応(トラブルの未然防止や自動修復)の実現が可能です。

XLAの評価イメージ
XLAの評価指標、評価基準、評価表のサンプルイメージを作成すると以下のようになります。●評価指標

●評価基準

●評価表

評価表に関しては、ここでは一つの表にしていますが、実際には測定タイミングに応じて評価タイミングは異なるため、分ける形になると思います。評価基準に基づく評価により、ボトルネックを推測し、特定し、改善活動につなげます。
どの評価指標を採用するかに関しては、データ収集手段の有無なども考慮しますが、大原則としては「ユーザー体験(UX)に直結する指標であるか」が重要です。その上で、その他考慮点としては以下が挙げられます。
- 具体的な改善アクションにつながるか
- 定量評価と定性評価のバランス
- 測定コストと頻度のバランス
- 新規ユーザーと既存ユーザーで分けて評価できる
また、優先順位付けを行う場合は、ユーザー体験(UX)向上の観点から、「パフォーマンス」、「操作性・エクスペリエンス」、「ユーザー満足度」が優先すべき指標となります。
XLAの導入メリットと課題
最後にXLAの導入メリットと主な課題を纏めたいと思います。<導入メリット>
- ユーザー満足度向上
・技術指標だけでなく、ユーザーの実感をベースにIT運用を最適化できる
・サービス品質の向上が、顧客のロイヤリティ向上につながる
- IT部門の効率化
・EUEMを活用することで、ユーザーの問題をリアルタイムに把握し、迅速に対処できる
・問題発生の予兆を検知し、トラブルシューティングの時間を削減できる
- ビジネスへの好影響
・ユーザー体験が向上することで、業務効率が改善し、生産性が向上
・企業ブランドの向上につながり、市場競争力を高める
<導入時の主な課題>
- UX向上の必要性に対する組織の理解の促進
従来のSLAやKPIに加えてXLAを評価基準に取り入れるには、経営層やIT部門がユーザー体験(UX)向上の重要性を理解し、全社的な意識改革を進めることが不可欠です。
- 既存システムやデータとの連携
EUEMやAIOpsを導入する際には、既存のシステムやデータと適切に連携させるための設計や統合プロセスを考慮する必要があります。特に、リアルタイムデータの統合や可視化の仕組みを整えることが課題となる。

まとめ
ITサービスマネジメントのベストプラクティスであるITIL® 4では「価値に着目すること」が基本原則の一つとされています。ITサービスに関わるすべての担当者は、ユーザーのサービス利用状況を把握し、それを業務改善に活かすことが求められています。SLAやKPIに加えてXLAの視点を取り入れることで、ITサービスの顧客価値を最大化できます。さらに、EUEMやAIOpsを活用することで、データドリブンなアプローチによる継続的なユーザー体験(UX)の改善が可能となります。
これらの視点を取り入れることで、より良いITサービスの提供につながると思います。
それでは、また次回のコラムでお会いしましょう。
※ITIL® is a Registered Trade Mark of AXELOS Limited.
当サイトの内容、テキスト、画像等の転載・転記・使用する場合は問い合わせよりご連絡下さい。
エンジニアによるコラムやIDグループからのお知らせなどを
メルマガでお届けしています。