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テクニカルスペシャリスト 藤原 和紀
CSS部テクニカルスペシャリストの藤原です。
7月に入り暑さも本格的になってきました。気象庁も今年の夏は高温傾向と発表しています。
電気代もすっかり高止まりしていますが、無理をせずにエアコンを使っていきましょう。
さて、Starlinkをはじめとする低軌道(LEO:Low Earth Orbit)衛星の軍事利用が急拡大し、通信が戦況を左右するほどになっています。
この度、総務省が進める低軌道衛星インフラ整備事業(J-LEO)は、Starlink依存を避け、災害・防衛・産業用途で使える"国産の宇宙通信網"を確保することを目的に、事業者を募集しました。事業規模は令和7年度補正予算で1,500億円となり、スマートフォン(以下、スマホ)と衛星を直接繋ぐ「ダイレクト通信(D2C:Direct-to-Cell)」を日本国内で自律的に運用することを目的としています。
2026年6月30日、補助対象は楽天グループ+AST SpaceMobileの連合に決まったと発表されました。競合はKDDIとSpaceX(Starlink)陣営といわれており、事実上の一騎打ちでしたが、政府は「海外依存脱却」「国内管制」「災害時の優先制御」を重視し、楽天連合を選んだとみられています。

出典 : 内閣府 自律性確保に向けた低軌道衛星インフラ整備事業(J-LEO)概要
https://www8.cao.go.jp/space/comittee/27-anpo/anpo-dai69/siryou2-3.pdf
楽天連合採用の背景
ご存じのように日本の大手3キャリア(ドコモ・KDDI・ソフトバンク)はすでにStarlinkを採用していますが、Starlinkは米国企業のグローバル網であり有事の際の通信優先度・サービスエリア設定・データ運用方針に日本の意思決定を反映させることが難しいという側面があります。
一方のAST SpaceMobile 社も米国企業ではありますが、J-LEOは「衛星ゲートウェイ局」「衛星管制局(SOC)」「ペイロード管制局(POC)」「ネットワーク管制局(NOC)」を日本国内に設置することを必須条件としており、楽天連合はこの要件を満たす計画を提示したものとみられています。
AST SpaceMobile 社とは
AST SpaceMobile 社は2017年に米国テキサス州で設立された衛星通信ベンチャーで、"既存スマホをそのまま衛星に繋ぐ"という目的で設立されました。スマホは地上局との接続を念頭に設計されているため、電波は低出力です。このため、衛星と直接接続するためには、衛星側に巨大かつ高感度のアンテナを搭載し、スマホの微弱な電波でも通信を可能としています。
楽天は創業間もない頃からAST SpaceMobile 社との関係を深め、2020年に出資しました。これを受け、楽天モバイルが公式パートナーとなりました。
また両社は、2026年にJ-LEOに向けた合弁会社を設立予定ですので、この点も楽天に有利に働いたと推測されます。
一方、AST SpaceMobile 社には課題もあり、Starlinkは当然SpaceX社のロケットで打ち上げますが、AST SpaceMobile 社も初期の打ち上げのほぼ全てをSpaceXに委託してきました。また衛星自体もSpaceXのFalcon 9 のフェアリング(ロケットの先端にある衛星を包む部分)に合わせて作られています。
たしかに、SpaceX Falcon 9 は価格と安全性で世界的に優位性があります。しかし、自社を優先することもあり、打ち上げ予約は世界的に逼迫しているため、SpaceXへの依存は事業上のリスクとなります。
対策としてAST SpaceMobileはインドのLVM3やBlue OriginのNew Glennを採用し始めています。
AST SpaceMobile 社とStarlinkの違い
技術面では、現在のStarlinkのD2Cはテキスト通信が中心で、ビデオ通話レベルの帯域は段階的拡張中となっています。
一方のAST SpaceMobileは国内の市販スマホによる双方向ビデオ通話の実証をすでに行っており、成功しています。J-LEOが求める条件である「日本全国で1日のうち7割程度の時間帯にビデオ通話が可能」という要件に最も近い技術を持っています。これも楽天連合採用の理由の一つと考えられます。
AST SpaceMobileが高速通信を実現しているのは、当初よりスマホとの直接通信を目指しているため、実証機(BlueWalker 3)のアンテナのサイズを約64㎡と巨大にしている点です。これによりスマホに対しての実証実験では最大120Mbps程度のデータ通信ができており、商用衛星のBlueBirdのアンテナサイズは展開時に約223㎡級となっており、更に広帯域が見込まれています。また、Starlinkよりも1機あたりのカバー範囲が広く、将来的に45〜60機で対象国をカバーできると言われています。
また、AST SpaceMobileの衛星は地上基地との間の中継局として機能しています。
対するStarlinkは、Starlink V1のアンテナサイズは1㎡未満でD2C対応はしていません。現在展開しているD2C対応のStarlink V2 Miniで約5〜6㎡となっています。アンテナサイズは小さいものの、衛星自体がLTE/5G基地局として動作し、衛星間レーザーリンクと多数の衛星による分散通信により、ネットワーク全体で数十Mbps〜100Mbps級のスマホ直結通信を目指しています。
このように、当初からD2Cを目指して設計されたAST SpaceMobileと、徐々にD2Cを発展させてきているStarlinkという構図となります。
J-LEO事業の期限は2029年3月であり、楽天はそれまでに国内の地上ゲートウェイを整備する必要があります。しかし、AST SpaceMobileの衛星は既に楽天の地上局と接続できる構造を持ち、スマホ直結のエンドツーエンド通信も実証済みであるため、技術的な障害はなく、期限内の整備は十分に可能と考えられます。
日本の通信インフラの脆弱性
J-LEOの必要性について、各国が国家戦略として衛星インフラを強化する中、日本は、世界でも珍しいほど通信インフラを民間企業に依存しています。
- 携帯通信:NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク、楽天
- 光回線:NTT、KDDI
- 海底ケーブル:民間企業が敷設
- 衛星通信:外国企業のサービスを利用
つまり、国家が独自に保有する通信インフラは極めて少ないのが実情です。
これは平時には経済的合理性がありますが、戦争・災害・サイバー攻撃の際には致命的な弱点となります。
世界の衛星通信インフラの動向
今回のロシアによるウクライナ侵攻で、世界ではStarlink依存に危機感を持ち、次のように、国家が衛星通信インフラに関与しています。
| 米国 | Starlink(国家資産として活用) |
|---|---|
| EU | IRIS²(EUが出資し、米国依存を脱却) |
| ロシア | 軍事衛星(国家が直接運用) |
| 英国 | Inmarsat+OneWeb(政府が出資) |
| インド | GSAT(国家が通信衛星を保有) |
| 中国 | GW計画(国家資産) |
特に中国では非常に積極的にStarlinkを上回る巨大LEO網の計画・構築を進めています。
・国網(Guo Wang)
中国版Starlinkと呼ばれる。中国の国営企業「中国衛星網絡集団」が建設・運用している12,992機のLEO衛星を用いた、「国家安全保障」目的の巨大LEO網。
・千帆
上海スペースコム衛星技術が構築・運用するLEO網で、将来的に15,000機のLEOを使った通信サービスの提供を目標とする。
・Geespace
Geespace社が構築する、5,676機のLEOを目標とする、自動車産業に特化した衛星網。
これらの計画が進めば、中国が宇宙通信インフラ(LEO衛星網)という分野でトップを取る可能性が高いと言えます。併せて、打ち上げという分野でも技術革新が進むことで、成功率・コストにおいて中国が打ち上げ産業のシェアを牛耳る可能性もあります。
日本が独自のLEO衛星通信を持つ意味
J-LEO(Japan Low Earth Orbit)は単なる通信インフラではなく、国家の生存を支える"戦略資産"となります。
・通信の自律性と主権の確保:
重要な通信インフラの運用・管理を日本国内で完結させることで、有事や緊急時において日本側の意思決定に基づいたネットワーク制御を実現します。
・災害時の強靭な通信インフラ:
地上の基地局や光ファイバーが被災した場合でも、宇宙からの衛星通信ネットワークを活用してスマホと直接通信することで、最低限の連絡手段や情報収集ルートを確保します。
・経済安全保障の強化:
海外のプラットフォームへの過度な依存によるリスクや、データ蓄積の流出およびデジタル赤字の拡大を防ぎ、国内の通信技術産業の競争力維持・発展に貢献します。
航空宇宙自衛隊への改編
時を同じくして2026年、「航空自衛隊」は「航空宇宙自衛隊」に改編することが閣議決定されました。航空宇宙自衛隊は2026年度中に発足する見込みです。併せて、現在の「宇宙作戦団」を増強して「宇宙作戦集団」となる見込みです。
既に複数の国では、地球低軌道(LEO)の人工衛星を破壊できる地上配備型の対衛星兵器(ASAT:Anti-Satellite Weapon)を実戦配備しています。
地上ミサイルや地上からのレーザー兵器、電磁妨害(ジャミング)装置が配備されており、実際にウクライナ侵攻ではロシアがStarlink等にジャミングを行っています。
出典 : 内閣府 第33回宇宙安全保障部会
https://www8.cao.go.jp/space/comittee/27-anpo/anpo-dai33/siryou1-6-2.pdf
これらの脅威に対抗するため、2020年5月に宇宙作戦隊が航空自衛隊府中基地に設置され、2022年3月に宇宙作戦群へ、2026年3月には宇宙作戦団へと段階的に増強されてきました。
現在、次のような分野で活動しています。
- 衛星の監視(SSA:Space Situational Awareness)
- 宇宙ゴミ(デブリ)の監視
- 敵国の衛星攻撃の兆候監視
- 電磁妨害(ジャミング)の検知
- 自衛隊衛星通信の運用
- 宇宙領域での防衛作戦
今後は上記に加え、J-LEOの監視、防護も含まれると見込まれます。
最後に
現在、AST SpaceMobileは楽天モバイルと専属契約を結んでいます。このため、楽天モバイル以外でAST SpaceMobileのサービスを受けられるかはまだ不明ですが、国費を投じているので、将来的には他のキャリアにも開放されると想定されます。
一方でStarlinkも将来的にはスマホ単体で数十Mbps〜100Mbps級の通信が可能となるサービスを開発中です。何より、SpaceXはIPOで莫大な資金を手に入れています。また、対抗するAmazonの参入も気になります。
どこが主流になるかはまだわかりませんが、近い将来、屋外では圏外は無くなり、どこでもスマホで高速な通信が可能になることが期待されます。
それでは次回までしばらくお待ちください。
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