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通信は“運ぶ”から“考える”へ~AIネイティブネットワークで変わるインフラ運用

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こんにちは。インフォメーション・ディベロプメントの上坂です。
 
生成AIを巡る技術競争は激化しており、関連企業の時価総額が世界トップクラスに浮上したり、AI研究がアカデミックな賞の対象になったりと、社会的な注目度もかつてないほど高まっています。
 
こうした「AIの活用」が一般化した次のステップとして、今、注目されているのがインフラへの統合です。私たちが意識することなく利用している「ネットワーク(通信)」そのものにAIの推論機能を組み込み、通信基盤自体を高度化しようとする動き「AI Native Network(AIネイティブ・ネットワーク)」が本格化しようとしています。
 
今回はその役割や期待される効果、そして実現に向けた課題を整理してみたいと思います。
 
※本コラムの内容は、NICTが発行する「AI-Native Networks White Paper」の内容や現在のAI動向を基に筆者の見解を記載したものとなります。
 
出典:AI研究開発推進ユニット AI-Native Networks White Paper

ネットワークは「運ぶ基盤」から「自律的な運搬基盤」へ

通信ネットワークは「土管」に例えられ、A地点からB地点へパケットというデータをいかに効率よく届けるかが目的でした。その土管が太ければ「速い」と評価し、インフラエンジニアはより太く安定した土管を作り、維持することに注力してきました。
 
しかし実際の通信環境、特に無線通信においては、単に土管が太い(帯域が広い)だけでは不十分です。周囲のノイズや干渉、移動による電波状況の変化によって、データが途切れたり再送が発生したりすれば、体感的な速度や安定性は損なわれます。
 
つまり、これまでのネットワークは「太さ」という物理的なリソースを確保しつつ、いかに外部影響を抑えて「品質」を維持するかという戦いでもありました。
 
ところが、こうした従来の「高品質に運ぶ」というアプローチだけでは、もはや社会のニーズに応えられなくなりつつあります。
 
その背景にあるのは、生成AIの爆発的な普及と、それに伴う「推論(AIが判断)」の急増です。
あらゆるデバイスがAIを搭載し、リアルタイムな判断が求める時代には、すべてのデータを遠くのクラウド(またはエッジ)に送って結果を待つという従来のプロセスは、通信遅延の問題から実運用に耐えられなくなります。
 
そこで登場したのが、ネットワーク自体がAI判断をサポートし、さらにはネットワークそのものがAIによって制御される「AI Native」という設計思想です。これは「ネットワーク管理にAIを使う」という話ではなく、通信の仕組みそのものに「AI」が融合している状態を指しています。

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AIネイティブがもたらす変革

ネットワークに推論機能が組み込まれることで、具体的にどのような変化が起きるのでしょうか。実運用の視点から、3つのユースケースを見ていきます。

1.リアルタイムなリソースの動的制御
現在のネットワークは、あらかじめ人間が設定した「QoS(サービス品質)」などのポリシーに従って動いています。特定の時間帯に通信が集中した場合、あらかじめ予備の帯域を確保しておくなどの静的な対応が主流でした。
これがAIネイティブになると、ネットワークが現在のトラフィックパターンをリアルタイムで分析し、自律的にリソース配分を変更します。
例えば、災害発生時に特定のエリアで救急医療の遠隔診断が始まり、高優先度のトラフィックが発生した場合、周辺の低優先度な通信(OSのアップデートやSNSの動画閲覧など)を一時的に制限したり、別ルートへ迂回させたりします。人手を介さず、状況に応じてAIインフラが自ら構成を変更する「自律型リソース制御」が実現します。

2.計算リソースの分散配置(分散推論)
自動運転など一瞬の遅延が許されない環境では、「どこで計算を行うか」が非常に重要になります。AIネイティブなネットワークでは、通信経路上の「最適な場所」に計算処理を割り当てます。

  • 端末側(オンデバイス): 0.01秒を争う、緊急ブレーキなどの直接的な車両操作。
  • 基地局側(エッジ): 数十メートル先の死角検知や、信号機との連携といった周辺状況の把握。
  • クラウド側: 数キロ先の渋滞予測や、全体的な走行ルートの最適化。

ネットワークがこれらの場所を跨いで「推論の負荷」を最適に分散させることで、低遅延と高度な判断の両立が可能になります。これは、通信と計算が分離された従来モデルから、両者が密に連携する「計算・通信融合型」のモデルへの転換を意味します。

3.セマンティック通信(意味情報の転送)
これまでの通信は、データの「中身」に関わらず、すべてのパケットデータを1対1で正確に届けることが目的でした。これに対し、AIネイティブではデータの「意味(セマンティクス)」に注目します。
例えば、広域監視カメラが不審者を追跡しているケースを考えてみます。 従来のように高精細な映像データをすべてクラウドに送るのではなく、エッジ側のAIが映像から「特徴量」や「メタデータ(服装、移動方向、身長など)」のみを抽出します。ネットワークはこの「意味のある情報」だけを優先的に転送し、受信側のAIがそれをもとに状況を把握します。
これにより、データ量を大幅に削減しつつ、目的(不審者の追跡)を達成します。

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「電力効率」とAIネイティブの関係

今、IT業界全体で大きな課題となっているのが「AIの消費電力」です。巨大なデータセンターを動かすために、膨大な電力が消費されています。
AIネイティブなネットワークは、この課題を解決する可能性があると期待されています。 従来の「何でもクラウドへ送信」という方式は、通信自体にも多くのエネルギーを費やします。ネットワークが賢くなり、「この処理は手元の端末で完結させた方が、トータルの消費電力が少ない」、「このデータは圧縮してから送った方が効率的」と判断することで、社会全体の通信・計算コストを最小化します。
 
「知能を持つことで、結果的に省エネになる」。これが将来のグリーンな社会を維持するためにAIネイティブが不可欠だと言われる理由です。

誰が「推論の代金」を払うのか?(経済的な課題)

しかし、技術進化の裏側で、ビジネスモデルとしても非常に難しい問題が浮上します。
それは「費用の負担」です。
これまで、通信料といえば「データをどれだけ送ったか(ギガ)」に対して支払うものでした。しかし、AIネイティブなネットワークでは、通信経路の途中でネットワーク側のリソースを使って「推論」が行われます。この時に発生する電気代やサーバーの利用料は、誰が負担すべきでしょうか。

  • 通信キャリアが負担するのか?(基本料金に含まれるのか)
  • AIを利用するアプリ事業者が払うのか?(B2B2Cモデル)
  • 恩恵を受けるエンドユーザーが従量課金で払うのか?(サブスクモデル)

もし、ネットワーク側で「画像を高精度に解析して送る」という付加価値の高いサービスを提供した場合、その対価をどう算出するのか。
NICTの資料でも「経済的なインセンティブ設計」の重要性が説かれていますが、これまでの通信業界の常識を覆す、まったく新しい課金モデルの構築が必要になります。
また、特定のAIプラットフォーマーに利益が集中しすぎないよう、健全な競争環境をどう維持するかも、将来的な大きな論点になるはずです。

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実現に向けた課題

こうした未来像を実現するためには、これまでのネットワーク技術にはなかった「不確実性」への対策が必要です。NICT(情報通信研究機構)などが警鐘を鳴らしているのが、以下の「3つの未定義性」です。

  1. 位置の未定義性
    処理が端末で行われるのか、エッジか、クラウドか。
    状況によって処理場所が動的に変わるため、システム全体の挙動を予測することが難しくなります。不具合が発生した際、どのポイントに原因があったのかを特定する難易度が飛躍的に高まります。

  2. 主体の未定義性
    一つのサービスに対し、通信キャリアのAI、クラウド事業者のAI、デバイスメーカーのAIなど、複数の主体がA2A(Agent2Agent)として関与します。これらが連携して一つの結果を出したとき、もし判断に誤りがあった場合の責任の所在をどう定義するのか。マルチベンダー環境におけるガバナンスが大きな課題となります。

  3. 根拠の未定義性
    AIの判断プロセスはしばしば「ブラックボックス」と呼ばれます。ネットワークが自律的に経路を切り替えた際、なぜその判断に至ったのかを人間が検証できなければ、重要インフラとしての信頼は得られません。「説明可能なAI(XAI)」の研究推進と実装が、強く求められています。

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日本が目指すべき「検証連携基盤」の構築

現在、海外の巨大テック企業は、チップからクラウド、通信プロトコルまでを自社で垂直統合するモデルでスピード感を持って攻勢をかけています。しかし、日本は「オープンな連携」というアプローチで対抗しようとしています。
特定の企業一社に依存するのではなく、通信キャリア、メーカー、さらには電力会社までが横断的に協力し、中立的な立場でAIの挙動を検証し合う「検証連携基盤」を作ります。
「日本の厳しい検証基準をクリアしたAIネットワークだから安心だ」という信頼のブランドを確立することが、世界市場において日本の技術が生き残る道になります。
厳しい法律(ハードロー)でガチガチに縛るのではなく、実際のデータを見ながら対話を通じて柔軟に運用ルールをブラッシュアップしていく「ソフトロー」の考え方は、日本らしい調和の技術と言えるかもしれません。

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運用エンジニアの役割はどう変わるか

最後に、この変化が私たちエンジニアの仕事にどう影響するかについても触れておきたいと思います。
AIネイティブな時代、エンジニアの役割は「パラメータを設定すること」から「AIの振る舞いを設計・監督すること」へとシフトします。 これまでは正確にコマンドを打ち込むスキルが重宝されましたが、これからは、AIがどのようなデータに基づき、どのような判断基準(モデル)で動いているかを評価する能力が重要になります。つまり、適切な基準を理解するということです。
これは、技術的な知識に加え、倫理やリスク管理、そして「社会としてどうあるべきか」という視点が必要になる、より高度でクリエイティブな職種への進化と言えます。
 
最後まで読んでいただきありがとうございました。



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上坂 明

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