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お弁当で学ぶKubernetesセキュリティ

2025-10-02

ITニュース

Kubernetes

IDアメリカ
ハムザ・アフメッド顔写真

こんにちは、IDアメリカのハムザ・アフメッドです。

この10年ほどで、コンテナとKubernetesは、開発者にとってのニッチなツールからクラウドコンピューティングの基盤へと大きく進化してきました。コンテナは2010年代半ばにDockerの登場によって広く普及し、アプリケーションをどのコンピュータ上でも同じようにパッケージ化して実行できる便利さが評価されました。しかし、コンテナは「アプリを一貫して動かす」課題を解決した一方で、「数千ものコンテナを大規模にどう管理するか」という新しい問題を生み出しました。
 
そこで登場したのが Kubernetes です。Googleが開発し、2014年にオープンソースとして公開されたKubernetesは、瞬く間にコンテナオーケストレーションの事実上の標準となりました。その機能は強力かつ柔軟ですが、同時に非常に複雑です。そのため、多くの人がKubernetesを最初に耳にするものの、結局はコンテナを理解しなければKubernetesも理解できないと気づくのです。
 
この複雑さゆえに、Kubernetesは「人気があるが理解が難しい」という評判を得ています。それでも多くの組織が導入を進めているのは、効率性と堅牢性という大きな価値をもたらすからです。そこで本記事では、セキュリティやスレットモデリングの話に入る前に、まずはシンプルな例え話を通じてKubernetesを身近に感じていただきたいと思います。

コンテナとKubernetes

名前の印象から、Kubernetes の方がコンテナよりも強く記憶に残ることが多いでしょう。そのため、多くの人がまずKubernetesを調べ始めますが、すぐに「コンテナを理解しない限り、Kubernetesは理解できない」という現実に気づきます。
 
本記事では、これらの技術の詳細に深く立ち入ることはしません。ただし読み進めるうえで、両者の違いをシンプルにイメージしておくことが重要です。心配はいりません。ITに詳しくない方でもわかるように説明します。
 
まずはお弁当を想像してください。中には食事を楽しむのに必要なもの、箸やフォーク、ナプキンなどがすべて揃って、きちんと収まっています。これが「コンテナ」です。アプリケーションとその実行に必要なツールが一式まとめられたパッケージであり、どこで手に入れても同じように動作します。
 
次に、毎日何百ものお弁当を提供するお店の厨房を思い浮かべてみましょう。お店のマネージャーは、利用者一人ひとりに正しいお弁当が届くように管理し、人気が急に高まればすぐに追加を準備し、万一落としてしまったら素早く新しいものに差し替えます。これが「Kubernetes」です。コンテナを自動的に管理、拡張、置き換えることで、システム全体を円滑に動かす仕組みをオーケストレーションと呼びます。
 
この2つの技術を組み合わせることで、サービスはリソース効率が高まり、需要の変化に応じて容易にスケールできるようになります。例えを続けると、もし一人ひとりが自分の食事を作らなければならなければ、それぞれにキッチンが必要です。しかし、食堂でお弁当を用意すれば、大きなキッチンひとつで十分です。同様に、複数のコンピュータで同じサービスを動かす代わりに、Kubernetesを使えばひとつの環境で効率よく多くのサービスを運用でき、時間もコストも節約できます。
 
ここではこのくらいにしておきましょう。あまり深入りすると技術的な細部が本筋を覆い隠してしまうかもしれません。今回の例えで、コンテナとKubernetesの違いが少しでも明確になれば幸いです。この基本的な理解があれば、次に取り上げる セキュリティ上の課題 を考えるための土台となります。

Kubernetes

スレットモデリング

あらゆる環境をどう守るかを理解するうえで、最も効果的な方法のひとつが スレットモデリング(Threat Modeling) です。スレットモデリングとは、潜在的な脅威や弱点を洗い出し、それに対する対策を考えるプロセスを指します。実は私たちは日常生活の中でも無意識にこれを行っています。たとえば大金を持ち歩くとき、周囲の状況を注意深く見て、安全そうな道を選び、持ち物の扱い方を工夫して自分を守ろうとします。これは日常に潜む「非公式なスレットモデリング」の一例です。
 
正式なスレットモデリングは、こうした自然な思考プロセスを体系化し、目に見える形でリスクを分析する手法に発展させたものです。その歴史は古く、中世の政府がリスクと利益を評価していた時代にまで遡り、後には軍事作戦において、脆弱性を把握することが勝敗を分ける要素ともなりました。現代では同じ原則が サイバーセキュリティ に応用され、攻撃を予測し、防御を整えるために複数の手法が利用されています。
 
スレットモデリングそのものについては、別の記事でより詳しく解説する予定ですが、今回は実践的な観点に絞ります。Kubernetes環境をどのように守るかを考えるために、代表的なモデルのひとつを一緒に見ていきましょう。

モデルの選択

スレットモデリングには数多くのアプローチが存在し、サイバーセキュリティ分野だけでも10種類以上が一般的に使われています。本記事では、その中でも特に広く利用され、理解しやすいフレームワークである STRIDEモデルを取り上げます。

STRIDE スレットモデリング

STRIDE は、脅威を6つのカテゴリに整理するための覚えやすい略語です。これにより、攻撃の種類を特定しやすくなります。
 
以下の6つに分類されます:

  • S – Spoofing(なりすまし):他人や他のシステムを装う
  • T – Tampering(改ざん):データやシステムを不正に変更する
  • R – Repudiation(否認):自分の行為を否定し、責任を回避する
  • I – Information Disclosure(情報漏洩):許可されていない情報を入手する
  • D – Denial of Service(サービス拒否):リソースを使い果たしサービスを妨害する
  • E – Elevation of Privilege(権限昇格):本来許されない高い権限を得る

この6つの観点から見ていくことで、Kubernetesが直面するリスクと、それに対抗するための防御策を明確に描き出すことができます。

Kubernetes

STRIDE を Kubernetes に当てはめる

Spoofing(なりすまし)

従業員を装ってお店に忍び込み、盗んだりコピーしたりしたカードキーで、本来は社員しか入れない場所に入り込むような、そんなイメージです。Kubernetesでは、攻撃者がサービスアカウントトークンを盗み、管理者になりすます状況にあたります。

防止策:
  • 有効期限が短いカードキーを使う(短命トークン)
  • 本当に必要な人だけにアクセス権を与える(RBAC最小権限)
  • セキュリティガードで二重確認を行う(MFA)

Tampering(改ざん)

お店の食材発注を勝手に変更したり、カードキーシステムを再設定して好きなときに出入りできるようにするような行為です。Kubernetesでは、ワークロードや設定を改ざんし、不正な権限を得ることに相当します。

防止策:
  • 誰が変更できるかを厳格に制限する(Pod Security)
  • すべての納品物に正規の印を要求する(署名付きイメージ)
  • 食堂全体で一貫したルールを設ける(Admission Policy)

Repudiation(否認)

冷蔵庫の温度設定や配達スケジュールが変わっているのに、誰がいつ変更したのか分からないような状況です。Kubernetesでは、ログが不十分な場合に同じことが起きます。

防止策:
  • すべての操作を厳格に記録する(Audit Logs)

Information Disclosure(情報漏洩)

外部の人がお店の「秘伝のレシピ」や「倉庫の暗証コード」を盗み出してしまう場面を想像してください。Kubernetesでは、etcd に保存されている設定情報やシークレットが漏洩するのと同じです。

防止策:
  • レシピを暗号化して、許可された料理人しか読めないようにする(Encryption)
  • 本当に必要な人だけが見られるように制御する(Network Policies、RBAC制限)

Denial of Service(サービス妨害)

悪意ある人々が大量の架空の注文を出し、厨房が対応しきれなくなり、本来の客に料理を提供できなくなる、これがDoS攻撃です。Kubernetesでは、APIサーバへの過剰リクエストや、CPU・メモリを食い潰すワークロードがこれに相当します。

防止策:
  • 一人の客が注文できる量を制限する(Rate Limits)
  • 一度の注文に使える資源の上限を設ける(Quota、Pod Limits)

Elevation of Privilege(権限昇格)

最後に、外部の人間が店舗全体を乗っ取り、厨房もスタッフも出入口も完全に支配する場面を考えてみてください。サービスを完全に停止させたり、コントロールを返すために金銭を要求したりします。Kubernetesにおける最悪のシナリオ、つまりクラスタ管理者権限を奪われる 状況です。

防止策:
  • 調理スタッフが勝手にマネージャーに昇格できないようにする(PodのPrivilege Escalation無効化)
  • 誰も使わない余計な道具を取り上げる(不要なLinux Capabilities削除)
  • マスターキーやスタッフ端末を強固に守る(Kubeletやノードアクセスの制御)

Kubernetes

最後に

Kubernetesは、大規模なアプリケーション運用における標準となり、その役割は今後さらに拡大していきます。組織が効率性、柔軟性、自動化を求めるほどに、Kubernetesはより重要になりますが、その一方で複雑さも増し、攻撃対象領域の拡大や設定ミス・悪用のリスクも伴います。今後は、より高度なオーケストレーションやAIとの統合、分散型ワークロードの進化が進む中で、セキュリティとレジリエンスは「後回しにできない最優先事項」となるでしょう。
 
この変化の激しい環境で安全性を保つためには、単なる技術的対策だけでは不十分です。スレットモデリング、継続的な監視、明確なポリシーの整備といった、先を見据えたプロアクティブな取り組みが求められます。リスクを事前に把握することで、組織はKubernetesのメリットを享受しながらインフラを守ることができます。もし貴社がKubernetes導入の検討やセキュリティ体制の見直し、将来を見据えた防御策の構築を進めているのであれば、私たちがそのプロセスを支援し、効率的かつ拡張性があり、安全な環境づくりをお手伝いできます。


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