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2025年人工知能学会から読み解く、未来のAIトレンド

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フェロー 玉越 元啓
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はじめに

今回は、「2025年人工知能学会からみるAIのトレンド」をお送りします。
下の画像は、今回の学会で発表された論文の頻出キーワードをもとに作成したワードクラウドです。気になる用語は入っていましたか?


トレンド

2025年度人工知能学会全国大会(第39回)について

人工知能学会は、AIに関する日本最大級の学会のひとつで、毎年、会員の研究成果の発表が行われます。今年は、2025年5月27日(火)~5月30日(金)の4日間、第39回人工知能学会全国大会が開催されました。

基礎研究等においては、学会で論文が発表されてから実用化されるまでに、およそ2-3年のタイムラグがあります。物理的なデバイスの開発が必要な場合は、もう少し時間が必要になるケースも多いです。
 
これは日本に限ったことではなく、海外でも同じようです。このことは、2~3年後にあらわれるサービスや技術の種が学会で発表されている、とも言えます。今年度発表された論文の傾向をみることにより、今後の人工知能に関するトレンドを掴むことができるので、是非知っていただきたいです。

今回の分析方法

一口に人工知能と言っても、発表内容は非常に多岐にわたっており、傾向分析する切り口も幾つも考えられます。人工知能学会での発表形式も、論文の他に、パネル展示、企業によるデモ、討論会など多岐にわたっています。
 
今回は、企業による発表や討論会を含む約1,800本の論文等を対象に、それぞれのテーマや技術内容からキーワードを抽出し、ランキングを作成しました。
 
各論文には2〜3個程度のキーワードが付与されており、集計対象は約3,800件にのぼります。頻出キーワードのランキング、2024年度との比較、頻出のキーワードと個人的に興味を持ったいくつか具体的な研究内容を紹介していきます。

頻出キーワード・ベスト10

最初に、頻出ワードを紹介します。

2025年度 キーワード件数 Top10 

昨年度より増して(昨年度との比較はこの後)大規模言語モデルに注目された年となりました。

2024年度との比較

今年度の頻出ワードの増減を昨年度と比べることで、現在のAI研究のトレンドを見ていきます。増減表はこちらになります。

■2025年度 頻出キーワードの増減表(2024年比)
順位 キーワード 2024年 2025年 増減
1 大規模言語モデル 135 217 ↑82
2 機械学習 38 57 ↑19
3 深層学習 49 45 ↓-4
4 強化学習 32 39 ↑ 7
5 自然言語処理 40 30 ↓-10
6 対話システム 14 25 ↑11
7 生成AI 26 22 ↓-4
8 異常検知 13 20 ↑ 7
9 マルチエージェント 15 18 ↑ 3
10 世界モデル 8 14 ↑ 6

グラフの方が視覚的に増減をイメージしやすいかと思います。

■2025年度 頻出キーワードの増減グラフ(2024年比)

キーワード解説

各分野について概要や気になった論文の紹介・解説をしていきます。

大きく注目された分野

大規模言語モデル(↑82)、機械学習(↑19)、対話システム(↑11)

2025年は「大規模言語モデル(LLM)」が圧倒的な注目を集め、前年比82件の増加という飛躍的な伸びを見せました。ChatGPTやClaudeなどの実用化が進み、産業応用や社会実装の議論が活発化していることが背景にあります。LLMの進化に対応して、「対話システム」もユーザーインターフェースとしての重要性が再認識され、研究が再び活発化しています。
 
プロンプトの研究も数多く報告されていましたが、私個人としては、プロンプトの細かなテクニックは各LLMモデル/サービスやバージョンに依存する賞味期間の短い研究だと感じています。ロジカルシンキング、ロジカルライティング、MISEといった情報整理の考え方が前提となるべきであり、プロンプトの工夫だけで本質的な課題解決に至るとは限りません。
 
一方で、LLMの利用に関しては、前段の情報整理をアルゴリズム、ルールベース、機械学習モデルなどの手法で行い、言語表現の曖昧さをLLMが獲得しているスキーマに解決させようという面白い試みも見られました。
 
たとえば、「A Case Study of the Development of a Sensitivity-Based Interactive House Design Assistance System Using Generative AI.」では、居住者の感性や嗜好を画像やテキストから抽出し、それをベクトル検索や感性分類アルゴリズムで構造化したうえで、LLM(GPT-4o)を用いて設計要素を生成しています。
 
このように、LLMを単なる出力装置としてではなく、構造化された情報の言語化や曖昧性の吸収に活用する設計は、プロンプトの工夫に依存しない持続可能なアプローチとして非常に示唆に富んでいます。

■画像を基にした感性特定フローの一部
 
<出典:https://www.jstage.jst.go.jp/browse/pjsai/-char/ja>
 
また、基盤技術としての「機械学習」の研究も堅調に増加し、依然として中心的存在です。現実世界での運用中に生じる「コンセプトドリフト(予測対象の分布変化)」に対し、再学習なしで柔軟に対応可能な新しい動的アンサンブル手法を提案しているものがありました(A Dynamic Ensemble Method for Adapting to Distribution Shifts without Retraining)
 
■TL-CDE の条件集合・重み集合の構成と予測値算出方法の模式図
<出典:https://www.jstage.jst.go.jp/browse/pjsai/-char/ja>

従来の動的アンサンブル手法は、全体に対して単一の重みを用いるため、特徴空間内の局所的な変化に対応しきれないという課題がありました。TL-CDEはこれを解決するために、二層構造のアンサンブルと変調モデルプールを活用しています。複数の変調モデルを用いることで、再学習なしで多様な分布に対応でき、重みの履歴から分布変化の可視化が可能となります。
 
この手法は、再学習コストを抑えつつ、現場でのモデル運用における柔軟性と説明性を両立する点で実用性が高く、特に分布変化が頻繁に起こる環境(例:IoT、金融、気象予測など)での応用が期待されます。

新しく注目された分野(新興分野)

マルチエージェント(↑3)、世界モデル(↑6)
 
マルチエージェントは、複数のエージェント(知的な意思決定主体)が相互に影響を及ぼしながら行動する環境を対象とした研究分野です。この分野では、競合・協調・交渉・通信などの複雑な相互作用が主な研究対象となっており、特に、ゲーム理論、強化学習、分散AIなどと密接に関係しています。
 
一方、近年注目される「マルチエージェントシステム(MAS)」はシステム設計の枠組みであり、複数の自律的なエージェントが協調してタスクを遂行するシステムを指します。
 
実装・設計・運用の観点から特定の目的を達成するためにタスクを分解し、それぞれに特化したAIエージェントが協調して動作するシステム設計の枠組みを指します。ロボット群制御、分散最適化、シミュレーション環境などで活用されており、特に、強化学習と組み合わせた物流最適化の研究が盛んです(後述)。
 
「協調課題における複数のIBLエージェントを用いたコミュニケーションシステムの創発(Emergence of communication systems using multiple IBL agents in coordination task)」では、人間の記憶に基づくコミュニケーションの形成過程を、認知モデルを用いてシミュレーションしています。特に、ACT-R(統合的認知アーキテクチャ)とPyIBL(事例ベース学習理論に基づくモデル)の2つの知識表現を比較しています。
 
具体的には、2体のエージェントがメッセージをやりとりしタスクを達成する過程のコミュニケーションの成立過程を分析しています。認知モデルの研究は、人間が持つスキーマ獲得の研究ともいえ、将来的にGAI(汎用人工知能)の実現に繋がるものと考えています。

■エージェントが互いの位置を知らずに、メッセージを通じて協調行動を学習・実行するイメージ
(論文より筆者作成)
 
世界モデルとは、エージェントが環境の構造や因果関係を保持し、そこで学習や将来の状態を予測することができる「仮想的な世界」です。強化学習やロボティクスとの連携が進んでおり、現実世界での長期的な計画やシミュレーションにおいて重要な役割を果たします。特に、LLMとの統合によって、言語的な知識と物理的な予測を組み合わせた高度な意思決定が可能になると期待されています。
 
「物体中心表現を用いた Transformer ベースの世界モデルと因果関係を考慮した方策/Object-Centric Transformer World Models and Causality-aware Policy」では、強化学習(RL)エージェントの学習効率を向上させるための世界モデルとして、Transformerベースの物体中心表現を用いた新手法 TISA+ を提案しています。

■方策および価値関数の概要図
<出典:https://www.jstage.jst.go.jp/browse/pjsai/-char/ja>

これは、人間のように「物体単位」で世界を認識する能力をAIに取り入れることで、より効率的な学習が可能にする試みです。従来手法のTWM(物体中心でないTransformer世界モデル)やTISA(従来の物体中心Transformerモデル)を上回る性能となり、複雑な環境における強化学習の性能を大きく向上させることができると示しました。

提案手法のポイントは、因果関係を考慮したAttentionの調整にあります。

(論文を基に筆者再構成)
 
Wt(物体ごとの注目確率に基づく重み行列)とM(因果関係を示すマスク行列)の積で物体に注目すべきかどうか(=重要度)を算出し、重要度に基づいてAttentionの重みを調整しています。これにより、重要な物体(報酬に関係する、障害物など)に注目するように学習しつつ、不要な物体(背景や無関係な物体)からの情報を抑制することが出来ています。
 
これらの分野は、AIの社会実装における「現場対応力」や「適応性」を高める鍵となる技術であり、今後のさらなる発展が期待されます。

重要性の変わらない分野(安定)

強化学習(↑7)、異常検知(↑7)
 
2025年において、強化学習と異常検知はともに前年比で7件の増加を記録し、安定した注目を集め続けています。強化学習は、ロボティクスや自律エージェント、ゲームAIなどの分野での応用が進み、特に「世界モデル」や「マルチエージェント」との連携による複雑な意思決定の研究が活発です。理論と応用の両面で深化が進んでおり、今後も基盤技術としての役割が期待されます。
 
例えば、複雑系の課題の一つである循環セールスマン問題(TSP:Traveling Salesman Problem)において、従来の深層強化学習ベースのTSP解法「H-TSP」は、ノード(都市や拠点)が一様に分布していることを前提として設計されていました。しかし、現実の問題、たとえば宅配便の配送ルート設計では、住宅地や商業エリアなどに拠点が集中する「クラスタ構造」が一般的です。
 
「ノード分布を考慮した階層強化学習に基づく大規模巡回セールスマン問題の一解法」では、この現実的なノード分布を考慮するために、クラスタ分析と強化学習を組み合わせた新たなアプローチが提案されています。
 
具体的には、クラスタ内のノードを優先的にまとめるようにk-NNグラフを改良し、さらにクラスタ間の接続順序をあらかじめ定める「部分初期経路」を導入することで、無駄な移動を抑えた効率的な巡回ルートを構築しています。

■経路の可視化結果
出典をもとに筆者編集 <出典:https://www.jstage.jst.go.jp/browse/pjsai/-char/ja>

たとえば、都市部での宅配業務では、同じ団地内の複数の建物をまとめて訪問し、その後に別のエリアへ移動するようなルートが理想的です。この研究の手法は、まさにそのような「人間の直感に近い」ルート設計をAIが自動で学習・実行できることを示しており、物流や配車サービスなど、実務への応用が期待されます。
 
一方、異常検知は製造業、医療、セキュリティなど多様な実世界の課題に直結する応用分野として、実用性の高さが評価されています。特にIoTやサイバーセキュリティの分野では、リアルタイム性や高精度な検出が求められており、機械学習や深層学習との融合によって進化を続けています。これらの分野は、派手さはないものの、AIの社会実装を支える堅実な研究領域として、今後も安定した注目を集めると考えられます。

全体をとおして

昨今、生成AIや大規模言語モデル(LLM)がメディアで多く取り上げられていますが、国内のAI研究のうち、それらが占める割合は約10%に過ぎません。実際には、金融、物流、製造、都市計画など、現場の課題に直結する領域でのAI活用が主流です。
 
今回ご紹介したような、クラスタ構造を考慮した巡回ルート最適化の研究は、たとえば宅配やフィールドサービスのルート設計など、業務効率化に直結する実践的な技術です。
 
私たちは、AI技術の提供だけでなく、運用設計やセキュリティ対策も含めた現実的なシステムの構築を行っています。もし、貴社が抱える課題があれば、ぜひご相談ください。課題の共有から始め、最適な解決策を共に設計していきましょう。


 

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