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システムマネジメント事業本部 DCM第6部
テクニカルスペシャリスト
水谷 知彦
私はIT技術者として、日々システムやネットワーク、セキュリティに関わる仕事をしています。
これまで私たちが守ってきた情報資産は、主に「データ」や「システム」でした。パスワード、アクセス権限、暗号化など、技術的な対策を講じることで、多くのリスクはコントロール可能だと考えられてきました。
しかし、ディープフェイク・アズ・ア・サービスの登場によって、守るべき対象は大きく変わりつつあります。
今、狙われているのは「人」そのものです。
どれだけシステムが堅牢でも、「本物そっくりの声」や「本人が話しているように見える動画」に人はだまされてしまい、被害は簡単に発生します。
このコラムでは、ITの専門知識がない方にも理解していただけるよう、ディープフェイク・アズ・ア・サービスが何をもたらし、私たちが何に備えるべきなのかを整理してお伝えします。
ディープフェイク・アズ・ア・サービスがもたらす現実~「高度な偽造技術」が誰でも使える時代に~
近年、AI技術の進化は目覚ましく、私たちの生活やビジネスに多くの利便性をもたらしています。その一方で、新しい技術は必ずしも良い面だけを持つわけではありません。その代表例の一つが「ディープフェイク」です。そして今、特に問題視されているのが、ディープフェイク・アズ・ア・サービス(Deepfake as a Service)という形で広く一般に提供され始めていることです。
ディープフェイクとは何か
ディープフェイクとは、AIを用いて人の顔や声、表情、話し方などを学習し、まるで本人であるかのような映像や音声を作り出す技術です。「ディープ(深層学習)」と「フェイク(偽造)」を組み合わせた言葉で、もともとは研究やエンターテインメント用途として注目されていました。
初期のディープフェイクは不自然さが目立ち、「よく見れば偽物だと分かる」レベルのものでした。しかし現在では、表情の細かな動き、瞬きのタイミング、声の抑揚や話す癖まで再現できるようになり、一般の人が見聞きしても真偽を判断するのが難しくなっています。
「アズ・ア・サービス」化の意味
ここで重要なのが「アズ・ア・サービス」という点です。従来、ディープフェイクを作るには、AIに関する専門知識や高性能なGPUを搭載したコンピュータ、大量の学習データが必要でした。しかし現在では、クラウド上でこれらをすべて提供するサービスが登場しています。
利用者は、
- 対象となる人物の顔画像や動画
- 数分程度の音声データ
つまり、「高度な偽造技術」が、専門家でなくても簡単に使え、しかも匿名性も高い形で提供されるようになってしまっているのです。
実際に発生している被害
この変化は、すでに実際の被害も生み出しています。代表的な例が、音声ディープフェイクを使った詐欺です。
海外では、企業の経理担当者が「CEO本人の声」で電話を受け、「至急、特定の口座に送金してほしい」という指示を受けました。声は本人そのもので、話し方の癖まで再現されていたため、疑うことなく送金してしまい、結果として数億円規模の被害が発生しました。
また、企業だけでなく、一般個人に対しても被害は広がっています。
SNS上では、著名人やインフルエンサーが問題発言をしているかのような偽動画が拡散され、本人が否定しても「動画がある」という理由で信じてもらえないケースもあります。一度拡散された情報を完全に消すことは非常に難しく、 評判被害(reputational damage)は長期間にわたって残ります。
なぜ人は信じてしまうのか
ディープフェイクの怖さは、「人間の認知の弱点」を突いてくる点にあります。私たちは文章よりも、写真や動画、音声といった情報を「事実に近いもの」と無意識に判断する傾向があります。
「本人の顔で、本人の声で話している」
この条件がそろうと、たとえ内容に違和感があっても疑う力が弱まってしまうのです。
さらに、ビジネスの現場では「上司からの指示」「緊急対応」という要素が加わり、冷静な判断が難しくなります。ディープフェイク・アズ・ア・サービスは、こうした人間の心理を巧みに利用できる環境を提供してしまっています。
企業が直面する新たなセキュリティリスク
これまでのセキュリティ対策は、- パスワード
- メールのなりすまし
- マルウェア
つまり、「システムは安全でも、人がだまされる」ことで被害が発生するのです。
このため、IT部門だけが対策を考えても不十分です。経理、人事、営業、経営層を含めた全社的な認識共有とルール作りが必要になります。
現実的な対策とは
現時点で、ディープフェイクを100%見抜く万能な方法は存在しません。そのため、現実的な対策として重要なのは次のような考え方です。1つ目は、重要な指示は単一チャネルで判断しないことです。
音声や動画だけで判断せず、必ず別の連絡手段で確認するルールを設けます。
2つ目は、業務プロセスの見直しです。
「どれだけ上位者であっても、一定額以上の送金には複数人の承認が必要」といった仕組みは、ディープフェイク対策としても非常に有効です。
3つ目は、教育と訓練です。
実際の事例を共有し、「自分も被害に遭う可能性がある」という認識を持つことが、最大の防御になります。
技術の進化とどう向き合うか
ディープフェイク技術そのものは、映画制作、医療教育、アクセシビリティ向上など、前向きな活用も期待されています。問題は技術ではなく、「誰でも簡単に、責任なく使えてしまう環境」にあります。ディープフェイク・アズ・ア・サービスは、「技術の民主化」が必ずしも安全につながらないことを、私たちに突きつけています。
今後、法整備や検知技術の進化は進むでしょう。しかしそれまでの間、企業も個人も「疑う力」と「確認する仕組み」を持つことが、最大の防御策となります。
この新しいリスクを正しく理解し、備えることが、これからのIT社会において欠かせない姿勢だと言えるでしょう。
最後に
ディープフェイク・アズ・ア・サービスは、今後さらに精度が向上し、利用のハードルも下がっていくと考えられます。「知らなかった」「まさか自分が」という言葉は、残念ながら通用しなくなりつつあります。
IT技術者の立場から見ると、この問題に対する最も重要な対策は、特別なツールを導入することだけではありません。
それ以上に大切なのは、
- 映像や音声を過信しない
- 重要な判断には必ず確認プロセスを設ける
- 技術の進化を「自分には関係ない」と切り離さない
技術は常に進化します。そのスピードを止めることはできません。
だからこそ私たちIT技術者は、単にシステムを構築・運用するだけでなく、技術のリスクを分かりやすく伝え、備える仕組みを作る役割を担っていると考えています。
ディープフェイク・アズ・ア・サービスは、「技術が高度になったから危険なのではなく、理解されないまま使われることが危険である」という事実を、私たちに強く突きつけています。
このコラムが、技術と正しく向き合うきっかけになれば幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
それではまた次のコラムでお会いしましょう。
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